3 異文化との遭遇

中国人と付き合っているうちに、彼らの行為に違和感を覚えたり批判的に見てしまうことがあった。だが、それは日本人の生活習慣や価値観(小竹がいう文化的背景)からの一方的な見方になっているかもしれない。そこで、『異文化コミュニケーション』の観点からもう一度見直してみたいと思う。

 

川に落ちた犬は叩け

学生から『川に落ちた犬は叩け』という聞き慣れない『諺』を教えられたことがある。その意味をインターネットで調べてみた。この諺は魯迅が言い出し、毛沢東もこの表現を使ったそうだ。この場合『川に落ちた犬』とは、落ち目になった反動旧勢力のことで、その犬には手をゆるめることなく徹底的に攻撃しなければならないという意味のようである。

また、ある日本の保守主義(右翼?)の論客が、この諺を日中間の政治問題に関する両国政府の姿勢に当てはめた。日本政府は過去に中国を侵略した負い目があるので、中国に弱腰の態度をとっている(つまり日本は『川に落ちた犬』である)のに対して、中国政府はそんな日本を嵩にかかって繰り返し攻撃している(『犬』を叩くのが中国)というのである。その保守主義者は、中国への武力攻撃や太平洋戦争中の他国侵攻は当時の国際情勢の中で、やむを得ない自衛のためであり、日本は中国に対して負い目を感じる必要がない、と主張したいのだ。

わたしは、この論客の主張を容認するつもりはないが、中国の日本に対する『川に落ちた犬は叩け』の意味を理解する一具体例になっているように思う。そして、この諺は、中国人の対人関係における心理的背景を理解するための参考になるかもしれない。だとすれば、一方の日本人の対人関係における心理はどう表現できるだろうか? 敢えて類似の諺を作るとしたら『川に落ちた犬を救え』となる。

 このことを私が経験した具体例でもう少し考えてみよう。

 

中国にいる日本人教師仲間から、次のような不満を数度きいたことがある。

――中国人は頑固で、容易に自分の非を認めようとしない。スーパーや商店でも、売り子は自分のミスを認めない。

私も、中国人に対して類似の印象を持ったことがある。

それはある大学の中国人教師のAさんに関するものだった。彼女は二十代後半の大和撫子を思わせるほどおしとやかな中国人女性で、私ははじめのうちは、とても好感を抱いていた。その大学に勤務した二年目に、日本語科教務主任が日本に留学したので、その間Aさんが教務主任代行となった。何分、若いので管理職を勤めるのは重荷だったようで、大学の行事の連絡をしばしば怠るので、私と同僚日本人教師はとても迷惑していた。が、他大学でも教務主任からの連絡がないまま、授業中に学生から知らされて驚くこともよくあったので、A女教師だけを責めるわけにはいかないだろう。

 

さて、私は2年間勤務したこの大学から解雇された。学期末の6月に日本語科教師が送別会をしてくれることになり、カラオケで歌ってから夕方にレストランで食事会が予定されていた。が、その後、Aさんからの連絡が前日まで無しのツブテであった。私は学内の知人に退職の挨拶回りをしたかったが、部屋に縛りつけられたようにAさんの連絡を待ち続けた(私は携帯電話を持っていなかったので)。

送別会当日の朝になって、たまりかねた私は彼女に電話した。

「本日、送別会を予定どおりしてくださるのですか? なぜ連絡してくれないのです」

と、問い詰めると、彼女は詫びる様子もなくいった。

「学期末で、大学への提出書類などで数日間とても忙しくしています」

 送別会の主賓の私をほったらかしにしておいた上に、こんな言い訳をするAさんには、腹が立ち「送別会はもう結構です!」と言いたいほどだった。しかし、それでは他の教師に対して失礼になる。そこで「カラオケは止めて、夜の送別会だけをお受けしますので、場所と時間だけご連絡ください」といって電話を切った。

予定通りレストランの個室で送別会が開かれた。Aさんが型どおりの挨拶をした後、記念品を贈呈してくれた。

どうやら、忙しいなかで会場の設定から記念品の購入まで、彼女一人できりもりしていたようだ。その気面目さは認める。だが、なにもかも一人でやろうとするから、手に負えなくなって、私へ当然すべき気配りに手抜かりが出てしまったのだろう。私が会社で働いていたときも、このタイプの管理職がいたものだ。私は食事をしながら横のAさんに次のように助言した。

「忙しい仕事をすべて自分だけで背負い込んではいけませんよ。だれか同僚の先生に手伝ってもらえばいいのです」

 それを聞いたAさんは急に顔色を変えて、部屋から飛び出していった。同僚の女性教師数人も彼女のあとを追った。おそらく廊下で泣いているAさんを慰めているのだろう。部屋に取り残された男性教師数人はしらけた雰囲気の中で、だまって酒を飲んでいた。送別を受ける立場にある私は、心優しいAさんに意地悪をする常識はずれの主賓になってしまったようだ。こうして後味の悪い送別会になってしまった。数日後、私は思い出深い大学を去った。

 

 日本で食事をしながらAさんの事を家族に話した。すると我が娘が、中国人の女医Bさんについての経験談を語った。

娘は駆け出しの小児科医で、滋賀県のある市民病院に勤務している。そこに、日本人の夫をもつB女医が派遣されてきた。Bさんは外国人なのに日本の医師免許を取得しているのだから、相当に能力の高い女性であろう。

ある日、Bさんは些細な医療上のミスを犯して先輩の医師から注意を受けた。それに対して彼女は、自分の医療手続きをくだくだと言いつのり、絶対ミスをしていないと言い張った。一部始終を見ていた娘は呆れたという。

娘は私にこういった。

「B女医は私と同じで、経験の浅い医師なのだから、ちょっとくらいのミスはときにはするわよ。重篤な医療過誤をしたわけではないのだから、素直に誤りを認めて先輩医師に謝れば、それで済むことなのに。こんなに我の強い素直じゃないBさんとは、とても親しいお付き合いはできない、と思ったわ」

 

中国人AとBに対する日本人としての見解は、私と娘で完全に一致している。ただし、A女教師は少々幼児的である。また、B女医は高度な技術を要求される医者の世界に、それも日本人ばかりの中に飛び込んだストレスと気負いがあったのかもしれない。だから、この二人だけで、中国人一般の性向だと敷衍することには慎重でなければならない。

しかし、なぜ中国人の中にはこのような行動をとる人がいるのだろうか? それは中国社会に、ミスを犯したり相手に迷惑をかけたとき、それをあっさり認めて詫びると、後々不利な状況に置かれる厳しい現実があるのかもしれない。そう思ったときに、『川に落ちた犬は叩け』が蘇ってきた。

 

一方、日本社会では、ミスを認め詫びれば、相手が許してくれる暗黙の了解が形成されているのではないか。結果として、日本の社会では素直な態度をとった方が後々有利に展開する。これは上位者(たとえば会社の上司)を前にしたような場面では特に重要で、極端な場合、自分に非が無くても、疑われたときにはあっさり謝る。そうすれば上位者は「ウイ奴だ、許してやろう」で『川に落ちた犬を救ってやろう』となる。だから日本では、非を認めずに、くだくだと言い訳をする態度が最も嫌われるのである。私のサラリーマン時代の経験からそういえる。

 

このような日中の差は、日本人の『集団主義』と中国人の『個人主義』との差から説明できるかもしれない。ただし、日本の集団主義は水田稲作農業のために、灌漑工事と定期的な保守作業が不可欠であり、そのために村人が共同作業をしなければならない、”持ちつ持たれつ”の関係が形成されたとする意見が一般的である(いわゆる『ムラ社会』)。

一方、西洋では牧畜を基本とする生産体制から個人主義が生まれたとされる。しかし中国では、華北はともかく、長江流域やそれ以南では日本と同様に水田稲作が普及しているにも関わらず、そこでは集団主義ではなく、依然個人主義的である。おそらくその他の要因、国土の広さ、自然環境の厳しさ異民族の支配の有無などの条件の差が関わっているのだろう。

 

いずれにしても、日本人の集団主義の中では仲間との協調心や従順さが重視されるのに対して、中国人の個人主義では頼れるのは自分(とその血族内)だけという心理が働いて、自己主張が強く、妥協をし難いのではないか、と私には思えるのだ。

 

思いがけない結末

 以上、私は人の性格や行動様式の日中差についてもっともらしい結論を書いてしまった。

 ところが、上に紹介した某大学の中国人女性教師Aさんについては、後日談がある。

 十数年後に私は教え子の『卒業十周年記念パーティ』に招致されて、Aさんに再会した。お会いしたとたん彼女が、 

「あの節には、森野先生に大変失礼なことをいたし、申し訳ありませんでした」

と、深々と頭をたれて詫びるので、私は驚いた。

彼女は十年以上にわたって私とのきまずい別れ方を気に病んでいたのだろう。私は空が晴れわたるような心地よい気分で、教え子の卒業記念パーティに参加できたことを喜んだ。A 先生が誠実な人柄の方であることを確信したと同時に、むしろ彼女を長い間苦しめていたことを申し訳ないとも思った。

人が誠実であるか否かは、民族・国民性には関わりがないのだ、中国人に対してステレオタイプの安易な批判は慎まなければならないと猛省した。 

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