江西師範大学の教え子に陳という女学生がいた。
彼女は2年生なのに小柄で、まだ高校生のような幼さを残している。半年前に、我が宿舎に遊びに来たときのことだ。
「来週、精読授業で故郷という題の作文を教室で発表することになっています。先生、この作文を添削してくださいませんか」
読んでみると、故郷での素朴な生活ぶりが淡々と語られている。
――私の故郷の家は、山の中の一軒家です。学校は一山越えたところにあるため、週日は学校の寄宿舎生活、そして週末に帰宅し、月曜日にまた学校へ戻るという生活をしていました。遠くて険しい山道を長時間かけて歩くのは辛いけれど、道々歌をうたったり、道ばたの花や山菜を採ったりしながらけっこう楽しかった。
お正月を迎えるときには、道にころがっている赤茶けた小石をチョークにして、家の前の標識板に年賀の挨拶文を書きました。細道には人通りがほとんどありませんが、誰かに読んでもらいたいと思って、毎年欠かさず書くことにしていました。両親は都会に出稼ぎにいっているので、私は祖父母に育てられました。最近、広州市に出稼ぎに行っている父が過労で病気になり、南昌市の病院に入院しています。
高校は遠くの町にあるために、家を離れて寄宿舎生活を3年間おくり、現在、もっと遠いこの大学に入学できたのです。しかし、この二年のうちに、祖父母が相次いで亡くなりました。そして、「あの故郷の家はもう崩れかけている」と母が言っています。大学で勉強に疲れたり、何か嫌なことがあったりしたときには、ふと故郷のあの一軒家を思い出します。あの頃のことが思い出されて懐かしい。でも、もうあそこには帰れないのです。
陳さんはこの作文を教室で皆の前で発表した。
「女教師が感動し、とてもいいと褒めて下さった」
と、後日私に報告してくれた。
じつは、彼女のように山村や農村で暮らす境遇の子は、教え子の中に少なからずいる。現在の中国には鄧小平の経済自由化路線によって、国民は確実に豊かになりつつあるとはいえ、上海などの臨海都市部と内陸部との経済格差が広がっている。貧しい山村・農村の親は子供の学費を捻出するために大都市に出稼ぎにでており、子供が祖父母に育てられている例が多い。両親や祖父母は、子供には大学教育を受けさせ、将来は大都市で就職して豊かな生活をさせたいと願っている。子供が都会に定住すれば、親も子と一緒に暮らせるかも知れないと思いつつ……。
そんな親の期待を担って大学生になった彼らは、厳しい現実に直面している。 国家政策により大学生を増やしすぎた(十年間に大学生が4、5倍に急増)ところに、経済不況が追い打ちをかけているのだ。