4 湖沼と山・高原

湖沼と山の地図

<五丈原>五丈程度の狭い高台が、諸葛孔明が敷いた対魏国戦の陣地。孔明はここで病没し、蜀軍は撤退した。

五丈原 西湖 滇池 

<西湖>中国4大美人の一人『西施』に例えられるほど美しいので名付けられた湖。わたしは、無錫の大学に赴任していたとき、そこの若い教師蒋先生と訪れた。美しい湖とはいえ、日本の湖沼や川と異なり水は濁っていた。

<滇池>雲南省最大の湖で、中国第6位の淡水湖。面積は298平方kmと琵琶湖の1/2以下であるが、湖面の海抜が1,886mと高地にある。

私が昆明に赴任していた冬季に『ユリカモメ』が多数飛来していた。市民がパンのかけらをかざすと、ついばみにくるほどで、日本の琵琶湖のユリカモメ(人が近づくと湖面に逃げる)と違い人を恐れないようだ。

 

 <廬山瀑布>

廬山の香炉峰と瀑布
画像をクリックすると拡大される。

廬山の名峰『香炉峰』は、白居易の詩に「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」と詠まれており、清少納言の『枕草子』にも引用されていて日本人にもおなじみである。

李白の『望廬山瀑布-その二に描かれた『香炉峰と廬山瀑布』の実在場所について、日本の漢文学者の論考がある。

それによれば、李白が描いた廬山瀑布は、現存していないという。

 

第一句:日照香爐生紫煙(日は香炉を照らして 紫煙を生ず)

 

 とすれば、私が登り、上の写真に収まっている『廬山瀑布』は李白の詩とは無関係(偽物)であることになる。しかし現在、廬山の景勝区に李白の描いた雄大さを彷彿させる滝は私が見た滝しかないし、中国の観光協会も訂正するつもりがない。中唐時代を生きた李白から千数百年が経過した現在自然が大きく変貌している可能性が大である。

詳しくは、植木久行氏の『香爐峯と廬山の瀑布ー二つの香爐峯の存在をめぐってー』を参照。

ChugokuShibunRonso_3_Ueki (1).pdf

  

<玉龍雪山>

玉龍雪山に登山
画像をクリックすると拡大される。

麗江古城から日帰りで『玉龍雪山』に行った。玉龍雪山(最高峰5,596m)へアクセスするケーブル(ロープウェイ)は3,000m級と4,500 m級の二種類があったが、私は3,000m級を選んだ。

この山域は麗江市玉龍納西(ナシ)族自治県で、玉龍雪山はナシ族の宗教『トンパ教』の聖地である。そして、象形文字まで持っている。

 

■雲杉公園(錦繍谷)

登山口のリフトでスイスイと3,000mの地点に到達した。前夜買ったパンで軽い昼食後、木道の散策が始まった。疎林の坂道を登り切ると陽光が降り注ぐ大空間が広がっていた。3,240mの高地でも、少しも息苦しくないし、真夏なのに春のようなぽかぽか陽気だった。

眼前に広がる草原は牛放牧のための牧草地らしい。その向こうに屹立している山は、石灰岩の白い岩肌が露出している。おそらく月夜に眺めたら異様な雪山に見えるだろう。ふとムソルグスキーの『禿げ山の一夜』を思い出した。

それにしてもここは『玉龍雪山』の山中なのに雪が全く見えないのが不思議である。私と途中まで同行した若夫婦は4,500m級のケーブルに乗ったので、そちらが主峰へ直接つながる登山ルートだったのだろう。

 

4,500 m級のルートでは、麓からバスでケーブルの乗り場3,356mに到着(ここで、富士山の8合目に相当する)。ケーブルに乗ると4,506m地点へ10分で1,000m以上昇って達する。そこが氷河公園で、展望台の標識塔には4,680mと書いてあるそうだ。そこから、氷河が5,596mの主峰まで駆け上る雄大な眺めを満喫することになる。このルートを選択すべきだったが、ただし、酸素吸入ボンベと防寒服が不可欠で、高山病の不安もあるらしい。