中国に滞在すること12年間、小籠包は最初に上海で出会って以来、中国各地で食べた。帰国後、たまたま中国に関するエッセイ・コンテストに応募する機会を得て、2019年にその魅力を書いた。幸いにもコンテストに入賞できたのは、食の王「小籠包」への我が熱い思いが評価されたからだろう。
(文章中の写真などは、後に私が挿入したものです)
今から十数年前、私は家内と共に上海の名所「豫園(よえん)」へ行き、「南翔饅頭店」ではじめて小籠包を食べた。
湯気が立ち昇る蒸篭から小籠包を一口食べたとたん、家内が感動の声を発した。
「まあ、こんなに美味しいものが、この世にあるとは知らなかったわ!」
私も同感である。
蒸篭に四、五センチほどの丸くて、深みのある白色の食べ物が十個ほど載っている。箸の扱い方がぞんざいだと皮が破れて中からスープがこぼれ出たし、熱くて舌が火傷しそうだった。隣のテーブルの客を眺めると、箸とレンゲで口へと運んでいる。それがこの繊細なモノを食べるのに重宝であることがわかった。
こうして、中国生活12年、その最初の日から、私は小籠包の虜になってしまった。値段はもう忘れたが、昨年、豫園あたりでは、一蒸篭30~40元(500~650円)もした。日本の物価感覚からいえば、手頃な価格だが、中国に住み慣れると庶民の味としては、やはりお高い!
日本語教師として中国にやってきた私は、最初に西安の大学に赴任した。この地の小籠包の店に案内してくれたのは、日本語と中国語を互いに教え合うことになる、吉林省出身の劉さんという女学生だった。
小籠包を食べながら彼女がいった。
「上海では小籠包っていうのですか。いいえ、西安では湯包(タンバオ)といいますよ」
西安音楽学院で学ぶ劉さんは、中学、高校、大学と、既に八年間も西安に住んでおり、この地を第二の故郷と思っているのだろう。
――食べ物、名所旧跡、文化、何でも西安は上海ごときに負けるものか!
と、オラが町を誇りにしているのだ。
それ以来、私はしばしば小籠包の店で夕食を摂った。一蒸篭5元と6元(蟹味が1元高い)と安い上に、味は豫園に劣らない! 二蒸篭に5元の瓶ビールを注文すると、合計16元(当時の元円レートで20円)で、絶品の夕食を腹いっぱい堪能できて幸せだった。
私は何事によらず、一点集中主義である。日本でも《餃子の王将》へ行くと、お目当ての焼き餃子だけを三人前注文する。中国の小籠包の店でも、目指すはそれ一品だけ、それにビールが一本付けば、十分なのだ。
①油で揚げた醤油麺
②三種の具入り米粉の麺
③ ワンタン
④湯包/小籠包
⑤ 苔(こけ)入り大ワンタン
⑥牛肉麺(牛肉ラーメン)
数多ある食品の中で、美味で気品のある小籠包こそ中華料理の王である
こうして小籠包を食べているうちに、私はこの佳き食品のいっぱしの《通》になった気分でいる。ある日、教え子数人と小籠包の店へはいった。学生の一人は、中国人でありながら小籠包をはじめて食べたという。
彼が小籠包をつまむごとに皮が破れてスープが漏れでて、小皿からタレ(醤油と酢)があふれた。これでは小籠包が可哀相である。私は小籠包を美味しく、上品に食べる方法を実演しながら、解説した。
「小籠包はね、まるで美少女の柔肌に触るように、優しく箸で摘まみ上げる。タレに浸けてから、ゆっくりと口元へ運ぶ。小籠包を噛むと、たちまち美味しいスープが口内にパーと広がる。その爽快感ってありゃしない。皮と餡を一緒に噛みしめながら、小籠包を心ゆくまで味わう。羊・豚・牛、それぞれの肉の味も特色あるし、野菜もヘルシーでいい!」
食べ慣れると、私はレンゲを使わなくなった。熱くても舌で転がしながら、空気を吸いこめば、頃合いの温度になって火傷をすることもない。レンゲを使うなど野暮天だ!
ついでに、小籠包の好し悪しについても述べておこう。
1 厚い皮では食感が落ちてよくない。
2 流行らない店では、スープが少ないことがある。これでは 日本で言う「ブタマン」みたいで、小籠包の妙味がなくな る。
3 台湾系の店では、千切りの生姜が添えてあり、生姜と一緒 に食べると、ちょっとピリッとした乙な味がしてこれも絶 品だ。
中国各地の料理には、四大料理とか八大料理と呼ばれる地域差があると言われている。小籠包の甘辛にも地域差が確かにある。
西安に二年間住んだあと、私は無錫の大学に赴任した。この新たな地の小籠包の味に興味津々で、着任早々、とある有名店で試食した。何と、とても甘い! これではお菓子(点心・甜食)のようで、ビールに合う夕食にはなり得ないと失望した。
その数年後に今度は上海の大学に赴任した。
既に書いたように豫園の小籠包は有名だが高価すぎる。市内のチェーン店では豫園に劣らない味で、安い小籠包を食べることができるし、無錫ほどには甘くないので満足した。
こうして上海の小籠包の味に舌が慣れた一年後に、私は懐かしい西安に旅行した。回族が多く住む「北院門街」で久しぶりに小籠包を食べたら、塩分の濃い味がして驚いた。
北国西安の塩味と南国江南地方の甘味との地域差のあることを再認識した。だが、それぞれに特色ある味で結構だ。小籠包こそ中国最大の絶品である。 (了)
以上は、コンテスト受賞者の作文について出版された本より私の文章を抜き書きしたものである。
■祝賀懇親会
東京在住の大竹さんと稲葉さん(共に中国で元日本語教師)が参加してくださった。懇親会では夕食を摂りながら、お二人や受賞者たちと歓談した。