2014年5月に「日露戦争」の激戦地である旅順口を訪れた。旅順港を望む「白玉山」、「東鶏冠山」、「203高地」などを巡った。ご興味があれば、以下のpdfをクリックしてご覧ください。
「日露戦争」の激戦地を訪問した後、たまたま立ち寄った「万忠墓記念館」で思いがけない展示物を見た。この内容に関連する歴史認識問題について考察した。ご興味があれば、以下のpdfをクリックしてご覧ください。
2014年6月に、中国と北朝鮮との国境の町「丹東」を訪問しました。鴨緑江に架かる鉄橋が、朝鮮戦争のときに爆破されたまま「断橋」として残っている。また、最近の発掘調査の結果、「万里の長城」の東端がここ丹東にあることが分かりました。その復元された丹東長城も紹介します。ご興味があれば、以下のpdfをクリックしてご覧ください。
授業が終了し、夏期休暇がはじまった2014年7月に、私は三人の友人と一緒に吉林省の名山「長白山」へ登山しました。2744mの山頂にはカルデラ湖「天地」があり、その中央が中国と北朝鮮との国境になっております。この長白山は清王朝の支配者「女真族(満州族)」にとっても、また朝鮮民族にとっても「聖山」としてあがめられているそうです。ご興味のある方は下のpdfをクリックしてご覧ください。
留学生気質
大連のこの大学の日本人留学生は私のような老人が多い。彼らの特徴は、
日本に住み飽いた、
離婚して日本への未練を断ち切った、
独身のまま天涯孤独、
妻に先立たれた、
薹の立つ結婚生活に飽いた、
といった男たちが多いのに気づく。
日本に安住の地を見いだせないで、この地でエトランゼ(異邦人)になっているようである。
そんな彼らを眺めていると、かつて満州に渡った「大陸浪人」を思い出す。わたしは、「長白山旅行」をしながら、昭和10年頃に流行ったという「馬賊の歌」を思い出した。そこに「長白山」も出てくるのだ。
この歌に出てくるフレーズ「狭い日本にゃ住み飽いた」「別れを惜しむ者もなし」「流れ流れし浮草」などから、留学生の心の奥底に漂う哀愁が切ない希望と共に感じ取れるようだ。ともあれ、アイ・ジョージの歌を聴いて留学生の気分を想像していただこう(ダウンロードをクリック)。
馬賊の歌(詞:宮島郁芳 曲:不詳)
1俺も行くから君も行け 狭い日本にゃ住み飽いた
海の彼方にゃ支那がある 支那にゃ四億の民が待つ
2俺には父も母もなく 生まれ故郷にゃ家もなし
慣れに慣れたる山あれど 別れを惜しむ者もなし
3昨日は東今日は西 流れ流れし浮草の
果てしなき野に唯独り 月を仰いだ草枕
4国を出るときゃ玉の肌 今じゃ槍傷刀傷
これぞ誠の男児じゃと 微笑む顔に針の髭
5長白山の朝風に 剣をかざして附し見れば
北満州の大平野 俺の住処にゃまだ狭い
6国を出てから十四年 今じゃ満州の大馬賊。
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大連市の北に広がる金州区には海岸よりに、近代的産業地帯「開発区」とリゾート地「金州灘」があります。2015年4月に郊外電車に乗って、花見と温泉旅行に行ってきました。ご興味のある方はpdfをクリックしてご覧ください。
大連市の北側に広がる金州区は海岸沿いを除く内陸部は農村地帯です。2015年5月に囲碁クラブ仲間五人で、その農村地帯へ行き、田舎料理を食べてきました。中国の田舎には都会生活では味わえない良さがあります。ご興味のある方はpdfをクリックしてご覧ください。